typographics t誌内では国際的タイポグラフィデザイナーを連載として始めて、まずは英語で紹介して、同時にtypographics t オンラインで日本語で紹介します。特集されるデザイナーにはバトンリレー形式で次の方を紹介してもらいますが、1つだけ条件があります。次回は別の国の方へ。最終的にどこまで行き着くことでしょう。第8回はスイス・チューリッヒ市在住エディター・デザイナー、イサベル・サイファート氏。
[取材:ブラザトン・ダンカン、翻訳:ブラザトン・ダンカン、神田友美]
Isabel Seiffert(イサベル・サイファート)
Offshore (https://www.offshorestudio.ch/)
Work archive: https://www.are.na/offshore/offshore-work
イザベル・ザイファート(*1986)は、ドイツのカールスルーエ芸術大学でコミュニケーションデザインとビジュアルリテラシーの教授。2016年にクリストフ・マイラーと共同で設立したチューリッヒを拠点とするデザインスタジオOffshoreの片割れでもあります。2人のコラボレーションでは、エディトリアルデザイン、タイポグラフィ、イメージメイキング、リサーチを重視したビジュアルナラティブに重点を置いています。コミッションワーク、コラボレーション、自主研究プロジェクトに加え、二人はオランダ、スイス、ドイツの様々なアートアカデミーで数年にわたりデザイン教育にも携わっています。
Offshoreは、数々の賞を受賞した出版シリーズ「Migrant Journal」を共同設立・共同出版しただけではなく、プロジェクトのアートディレクションとデザインも担当しました。2022年、グラフィックデザイン部門でスイスデザイン賞を受賞。2020〜2021年にかけては、オランダのヤン・ファン・エイク・アカデミーのフェローシップの一環として、長期プロジェクト「Managing the Wild」に専念しました。2022年には、スイスのリゾート地ヴヴェイにあるアーティスト・レジデンス「La Becque」で視覚的研究を継続しました。
Q: クリストフ・マイラー氏との出会い、オフショアを始めた経緯を教えてください。
すべては2012年にチューリッヒ芸術大学(ZHdK)で始まった。クリストフと、修士課程でエディトリアルデザインを専攻していたときに出会いました。
卒業するころには、現在の社会的・政治的問題を検証するための物語ツールとしてグラフィック・デザインを使用することに関して、お互いの関心や視点が似ていることが明らかになりました。その後連絡を取り合い、この方法でグラフィック・デザインを実践する可能性について議論し始めました。友人から、『Migrant Journal』として実現する新しい出版プロジェクトに参加しないかと持ちかけられたとき、早速クリストフに参加を依頼しました。共同編集者、アート・ディレクター、デザイナーとして1年間一緒に仕事をした後にスタジオを作り、このコラボレーションをさらに進めていくことが理にかなっていると気づきました。Offshoreが誕生したのです。
Q: Offshoreの仕事には非常に明確なエディトリアルデザインの流れがあり、アプローチや読むものすべてにエディトリアルなスタンスが見て取れます。これはどこから来ているのですか?
クリストフも私もスイスで教育を受けたのは一部だけです。最初に学んだのはそれぞれドイツとオーストリアでした。その後のスイスでのトレーニングと実践は、何か別の背景と混ざり合っていたと思います。スイスのグラフィックデザインのやり方に対して、ある種のアウトサイダー的な視点を持っていましたが、同時にそれに魅了され、本当に熱心に学びました。タイポグラフィ、書体デザイン、写真、そして物質性、物語的なオブジェとしての本への興味は、ますます見えてきました。
1991年にオリビエロ・トスカーニとティボール・カルマンによって創刊された『Colors Magazine』の編集アプローチには、大きな影響を受けました。この雑誌を知った頃には、パトリック・ウォーターハウスがカラーズの編集長として、ストーリーテリングに関して非常に興味深いことをしていました。
この影響はプロジェクトの多くに見られますが、『Migrant Journal』ほどではないかもしれません。
Q: 全6巻の『Migrant Journal』とオフショアの発端となった経緯について少し教えてください。
『Migrant Journal』(移民日誌との意味合い)は、世界中の人、物、情報、アイデア、植物、風景の循環を探求する6号からなる出版物です。寄稿者たちとともに、それらが現代の生活や取り巻く空間に与える変革的な影響について考察しました。
『Migrant Journal』で目指しているのは、当初からこうした移動のプロセスを通して世界を見ることであり、帰属意識、ナショナル・アイデンティティ、文化的変遷、金融システムだけでなく、景観の変容、天候、動物の移動、世界的な食糧ネットワークといった問題を扱ってきました。このアイデアは、地中海におけるいわゆる移民危機がニュースで唯一の話題であったかのように見えた2015年に生まれた。この問題の複雑さ、世界的な相互関係、そして移民という広義の概念に関する深い情報が圧倒的に不足していると感じていました。偏向的でポピュリスト的な政治情勢と、ますますセンセーショナルになるメディア報道の中で、「移民」という言葉を再認識し、汚名を返上することがこれまで以上に重要だと考えました。
移民や移住に対する偏見や決まり文句から脱却するため、アーティスト、ジャーナリスト、学者、デザイナー、建築家、哲学者、活動家、市民に、編集チームとともに移住へのアプローチを再考してもらって、移住が生み出す新たな空間を批判的に執筆していただけました。印刷された雑誌は、相互に依存し合う多数の移住形態を生み出す、激しく結びついた世界について語るための、複数の分野と声のプラットフォームを提供しました。
ウェブサイトや本を作るのではなく、雑誌を作るという決断は意図的なものでした。印刷された出版物は、インターネット上の刹那的な情報の断片よりも長く続く読書体験を生み出すことができると、強く信じています。ネットは掲載された途端、情報の流れの中で失われてしまいますので、あまり期待していません。印刷物は、他のどのような情報媒体よりも長持ちする技術なのです。
地図は移動に不可欠な要素であります。移動、領土、そして空間。ですから、出版物のために地図作りの技術を物語ツールとして使うことはとても自然なことだと感じました。『Migrant Journal』の主要な構成要素のひとつである地図は、エッセイ、画像、インフォグラフィックス、レポート、イラストレーションなど、多様な編集形式の中に織り込まれており、また、物体の物質性を通して、複雑な問題を多層的に様々なポイントを提供する形式に変換することができました。
このプロジェクトは、Offshoreの創設プロジェクトであり、いろんな面で仕事のやり方を大きく影響しました。同時に、スタジオのプロフィールを定義し、今日に至るまで依頼を受けるプロジェクトに影響を与えています。
Q: コミッション、自身のビジュアル・リサーチ、教育の優先順位をどのようにつけていますか?
正直なところ、苦労しているし、完璧な解決策はまだ見つかっていません。多くのことに興味を持って尽力していますので、優先順位をつけるのが難しいこともある。しばらくの間、これら3つの企画を同時に行っていましたが、新しいルールは2つに絞り、必要に応じて交互に行うというものだ。
Q: チューリッヒを訪れるタイポグラフィ愛好家にお勧めしたいことは?
定番はMuseum für Gestaltung(チューリッヒデザイン美術館)で、さらにコレクションは予約すれば見学できます。スイスはとても小さいので、チューリッヒ市からただ1時間で行けるザンクトガレンへの旅をお勧めしたい。そこではかつての染織工場は、芸術と生産が特徴的な活気ある場所であるSitterwerkの素晴らしい美術図書館を見学することができます。さらに時間があれば、標高1110メートルにあるアンドレアス・ツュスト図書館への旅も。
ZRH→JFK: Nat Pyper (New York, USA)
イザベルは次のゲスト、ニューヨーク州ブルックリン区を拠点に活動するNat Pyper(ナット・パイパー)氏にバトンを渡しました。「すでにどの国を紹介しているのかわからないけど、ナット・パイパーさんは個人的にお気に入りの一人です。」 パイパー氏はアルファベット・アーティストであり、フォントも制作しているので次号も楽しみです。