フォントの法的保護への関心を [02]


1、フォントデザインの2次的利用

 経済発展とともに飛躍的に成長している中国へ、和文フォントデザインの輸出が進んでおり、近年その数はより増加しています。

 フォントの2次的利用については、互いの国の著作権法による保護の違いに留意しつつ、契約を進める必要があります。フォントの権利を念頭におき、フォント保護と著作権登録制度の現状について考えてみます。


2、中国のフォント市場

 2017年頃から、和文フォントを中国語フォントにデザイン展開したいというオファーが増大してきました。

 日本のディスプレイフォントのデザインが取り入れられることによって、バラエティーが豊かになった中国語フォントは、漢字圏の各地域で利用されています。

 中国市場でのフォント販売の特徴は、個別の使用目的ごとにロイヤリティーの設定が細分化されており、かつ、これらの収益性も確立しているようです。

【中国のフォント企業H社のフォントロイヤリティ使用目的の例※1】

A.完全なメディア商業リリース(単一のサブブランドまたは製品ラインの場合)
 あらゆる種類の商用リリースが含まれています
B.デザイン プロジェクトのリリース(単一のデザイン ドラフトの場合)
 マニュアル(パンフレット、建築パンフレット、説明書など)、ポスター(ロールアップバナー、背景幕、宣伝チラシなど)、印刷広告(新聞・雑誌広告等)、屋外広告物(ボディ広告、コラム広告、プラットフォーム広告など)、映画およびテレビの広告 (TVC、プロモーション、ビデオ クリップなど)、インターネット広告(当社公式サイト以外)、新しいメディアアプリケーション(携帯電話広告、電子書籍や雑誌など)、製品包装、単一の映画やテレビ作品(テレビドラマ、映画、特別番組など)の中で使われる言葉、シングルスクロールの映画やテレビ番組で使用される単語
C.ウェブサイトの公開
 エンタープライズ公式 Web サイト、 オンラインストア
D.クラス VI のリリース
 VI標準キャラクター、社内マニュアル、ガイドシステムアプリケーションなど


3、諸外国のタイプフェイス保護

 中国でフォントを制作・販売するにあたり、中国フォント企業は著作権と販売権を享有または、占有していることが一般的です。これらの権利の証明ができないと、営業はもとより不正使用への対処が難しくなるからです。

 中国フォントの裁判例「P&Gリジョイス」事件や「蛙王子」事件※2などにおいても、対象フォントについては「著作権登録証」の記載があり、権利主張をするための最初の段階として、「著作権登録制度」が有効に活用されていることが分かります。

 フォント侵害に関する裁判で争われる内容は、主にフォントデザインの著作物性と使用許諾契約違反についてであり、フォントデザインが美術的著作物だと認められている判例があります。

 なお、中国と日本の著作権法での大きな違いは人格権です。日本では、著作者人格権の譲渡はできませんが、中国では、著作権譲渡の契約をすれば、著作者人格権も一緒に譲渡されると解釈できます。契約の際には、フォントの翻案権や氏名表示権などについて譲渡するかどうかを確認する必要があります。

 中国と日本以外では、韓国、米国、欧州などにおいて、意匠制度による保護があります。

 韓国では2003年に「デザイン保護法(意匠法)」が施行され、タイプフェイスを保護しており、類否判断の審査を経て意匠登録することができます。また、米国はDesign Patent、欧州は共同体意匠規則において、タイプフェイスが意匠制度の保護対象となっています。

 なお、ドイツやイギリスなどでは、著作権法でも保護されていますから、著作権法と意匠法との双方で保護されていることになります※3。 フォントデザインは、それぞれの国の法律によって権利保護されますから、保護の態様が異なる部分は契約書に記載して合意することになります。

【韓国のデザイン保護法における和文の登録例/米国Design Patentにおける和文の登録例】


4、フォントデザインの著作権登録

 フォントデザインの輸出には、契約をするにあたり最初の創作者であることや第一発行年月日などの事実が証明できれば、著作権が移転した場合の取引の安全確保へ繋がります。

 これらを証明するために中国や日本には「著作権登録制度※4」があります。

 日本の著作権登録制度は、文化庁の著作権登録窓口で申請します。フォントは「美術」「データベース」「プログラム」のいずれかの項目で登録することが可能ですが、フォントのデザインを登録するには「美術」の項目が適しています。登録が完了すると、「著作権等登録状況検索システム」で検索することや、「登録事項記載書類」を取り寄せることが可能です。

 現在、日本でのフォント登録の件数は極めて少なく合計しても30件ほどとなっていますが、中国の著作権登録状況については、大手フォント企業のH社をピックアップし、書体登録の件数をWeb検索してみたところ、「美術」の項目で書体の登録だと判別できる登録がH社だけでも100件以上確認できました。日本と比べ、フォント登録が大幅に上回っていることが分かります。


5、日本でのフォント登録における、ゴナ書体事件最高裁判決の影響

 中国の著作権登録件数に比べ、日本の登録件数が格段に少ないのはなぜか考えてみました。

 日本の著作権登録については、フォントを美術項目で登録しようとすると受理されないケースがあります。それは、登録申請する際の申請書記載内容に、「書体」や「タイプフェイス」「明朝体」などの語を使用している場合や、書体見本の画像を添付した場合です。登録窓口の担当者から、これらを省くようにとの指導が入ります。商品名(=書体名)が「●●明朝体」である場合にも、「明朝体」の語が入っているという理由で受理されません。

 このような指導を行う背景には、「2000年のゴナ書体事件最高裁判決」が影響をしているのか、文化庁著作権課において、フォントには著作権がないという誤った認識があるのかもしれません。

 JTA(タイポグラフィ協会)のWeb typographics t「フォントの法的保護への関心を/01」にも掲載しました通り、最高裁は、控訴審に則り「印刷用書体」に範囲を絞り判決を下しており、市場に流通するあらゆるフォントの著作物性を否定したものではなく、すべてのフォントに著作権が認められていないなどというような拡大解釈や、判例の拘束範囲を越えた引用は、許されるべきではありません。

【「フォントの法的保護への関心を/01」からの抜粋】

2、印刷用書体とは、どんな書体なのでしょう
判決文で、「印刷用書体」の定義に当たる記述は、控訴審※5の、第四 当裁判所の判断 二 にあります。大量に印刷、頒布される新聞、雑誌、書籍等の見出し及び本文の印刷に使用される実用的な印刷用書体と記載されているので、この規定に当てはまる書体が「印刷用書体」です。


6、文化庁が著作権登録していた「電話受話器」ピクトグラム

 2013年、電話受話器のピクトグラムの著作権登録について、ピクトグラム譲渡人(譲受人)Aが、国(文化庁長官)に対して訴えを起こしています※6。

 原告の主張は、「国は、著作権登録の申請(移転登録申請)に際し,登録をしたからといって著作権の権利者という地位は保証されない等の説明を登録申請者に怠った」というものです。判例では原告の言い分が却下されましたが、第4当裁判所の判断の中で、

 『…却下事由(著作権法施行令23条1項各号)の有無を審査し,却下事由が認められないときは,登録の申請の受付けの順序に従って著作権の移転登録を行うものとされているが(著作権法施行令22条),この却下事由には,移転登録の対象とされた著作権の客体が法2条1項1号の「著作物に該当しないことは含まれていない…』(下線は、判例からの抜粋)」と記述されています。

 つまり「申請した図柄等が、著作物でないものや、著作物かどうか不明なもの」であっても、これは登録の却下理由にはならないということが書かれています。

【「受話器の象徴」登録事項記載書類の例/ピクトグラムは週刊新潮 平成23(2011)年11月3日号】

 また、文化庁のHPにおいても、「著作権法上の登録制度は,権利取得のためのものではありません。」と表記されており、創作者や創作日などの事実関係を証明・公示するためだと書かれています。

 そうであるのならば、フォントの登録申請を行うにあたり、仮に、著作権登録窓口の担当者が「このフォントは、著作物かどうか不明だ」と感じたとしても、文化庁の著作権登録制度とは、著作物性の判断を行っているのではなく、いつ、誰が、何を作ったのかを証明してくれるというものであるということなのだから、登録を拒む理由とはなり得ず、申請は受理されるべきです。

 この判例にあるように、著作物性があるか否かが判明していないピクトグラムの著作権登録を行っているにも関わらず、一方、フォントにおいては、登録窓口の担当者レベルによる合理性に欠ける判断と指導によって、フォントの著作権登録がしにくくなっていることはとても残念です。

 フォントについても、申請に基づき公平に受理することで、創作した者の氏名や発表時期などを証明することは、文化庁の責務であると思います。


7、和文フォントの将来

 和文フォントは知的財産であり、日本語表記の文化そのものです。

 フォントデザインの輸出には、著作権の移転や譲渡に関わることも十分に想定されることから、著作権登録の必要性が高まります。

 また、輸出によるリメイクフォントのみならず、将来AIによるフォントも制作されるでしょう。

 AIでフォントを生成するためには、元となるフォントのデータが必要です。元データを利用し、もっと素敵なフォントを開発したいと思う人たちが許諾をスムースにするためには、できる限り多くのフォントについて、元データの権利者やフォント名が検索できるような環境が必要です。

 JTA知的財産権委員会のフォントデータベースでは、2000年に724書体の登録、2014年にWebでの登録も開始し、現在、約1,000書体の記録(創作物と創作者・創作年月など)が登録されています※7。

 このような地道な努力とともに、知的財産推進計画意見募集への意見書なども提出していますが、文化庁による「著作権登録制度」におけるフォントの登録件数は、現在とても少ない状況です。フォントを法的に保護するための重要な足掛かりになることから、フォントの著作権登録が今後、加速することを願います。


※1  Founder Type  2023 HP画面上で日本語訳し確認
 https://www.foundertype.com/index.php/About/powerbus.html
※2 「P&Gリジョイス」事件:中国の知的財産権侵害 判例・事例集/日本貿易振興機構(ジェトロ)2012年3月80頁
 https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/asia/cn/ip/pdf/han_2011.pdf
 「蛙王子」事件:(2012) 苏知民终字第161号
 https://m.iphouse.cn/verdict/show/id/103794
※3「タイプフェイスの保護のあり方に関する調査研究報告書」
 平成19年度特許庁産業財産権制度問題調査研究報告書
※4遠藤誠「中国における著作権登録制度」『知財管理』Vol.69 No.3、2019年
 https://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/seidokaisetsu/toroku_seido/
 葛本京子「フォントデザインの需要と著作権保護」『知財ぷりずむ』3月号2020年
 葛本京子「日本語フォントの魅力が中国に伝わる」JTAティー誌298号38〜53頁2020年
※5控訴審判決:大阪高裁平成9年(ネ)1927号平成10年7月 17日判決(棄却)
 小林茂雄裁判長と2名の裁判官
※6大家重夫 「文字書体の法的保護」青山社、2019年
 「電話受話器」ピクトグラムの福岡地裁の判例_252頁
 著作権登録事件一審  平成23年(ワ)第40129号 三井大有裁判長
 控訴審 平成25年(ネ)第10015号 土肥章大裁判長
※7データベース:日本のタイプフェイス:
 https://www.typography.or.jp/act/morals/moral7.html
 データベース:フォント知的財産登録(2014)
 https://www.typography.or.jp/act/morals/ichiran_2014_02.pdf


<ここで用いている言葉の意味>

◇ タイプフェイス=印刷用文字書体=文字書体=書体
タイプフェイス(Typeface)の、Typeは、「活字」、Faceは、「顔」で、鉛の活字、本体(Body)の顔、すなわち「活字の顔」から転じて、文字の書体をいう。この文字書体は、同じ雰囲気、同じ傾向、同じ匂いの「ワンセット、一式」をいう。

◇フォント(Font):…タイプフェイスのデザインは、抽象的なものであるから、実際に、紙媒体やコンピュータ画面に使われるには、その前段階の「具体的な媒体」が必要である。これを、活字フォント、写植フォント、デジタルフォントと呼んでいる。
参照:葛本京子・大家重夫「文字書体の法的保護」青山社、2019年

◇ JTAにおける、タイプフェイスの定義:https://www.typography.or.jp/act/morals/moral5.html
言語表記を主目的に、記録や表示など組み使用を前提として、統一コンセプトに基づいて制作されたひと揃いの文字書体。通常フォント化し使用する。和文の場合、ひらがな、カタカナは、清音字ゑ・ゐ・ヱ・ヰを除いた46字。漢字は教育漢字の1006字をひと揃いの最小文字とする。
また、組み使用に必要とするアルファベット、数字、記号類、シンボルやピクトグラム、オーナメントも必要に応じて、ひと揃いに加える。

◆ 文中のホームページアドレスの記載は、2022〜2023年に筆者が確認したもので、その後、記載内容やアドレスの変更があるかもしれません。


特定非営利活動法人日本タイポグラフィ協会
知的財産権委員会 
葛本 京子 Kyoko Katsumoto

JTA知的財産権委員会の会員です。1988年、葛本茂とともに株式会社視覚デザイン研究所を設立しました。日本の伝統的な書体とは一線を画す、オリジナリティのあるタイプフェイスに挑戦しています。制作したフォントは160書体を超え、https://www.vdl.co.jp/に発表しています。
タイポグラフィ学会、日本工業所有権法学会、JAGDA、AtypI、CRICなどに所属し、創作の傍ら、フォントの法的保護活動を行っています。

記事作成者
知的財産権委員会
知的財産権委員会の顔写真
タイポグラフィ協会にある委員会のひとつ。タイプフェイスやマーク・ロゴタイプのほか、タイポグラフィ全般の知的財産権に関する情報収集や意識調査、保護推進活動をおこなっています。
 
制作者
知的財産権委員会
知的財産権委員会の顔写真
タイポグラフィ協会にある委員会のひとつ。タイプフェイスやマーク・ロゴタイプのほか、タイポグラフィ全般の知的財産権に関する情報収集や意識調査、保護推進活動をおこなっています。
 
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