フォントの法的保護への関心を [01]


1、最高裁判決の判断

 2000年9月7日ゴナ書体事件最高裁判決※1において、「印刷用書体がここにいう著作物に該当するというためには、それが従来の印刷用書体に比して顕著な特徴を有するといった独創性を備えることが必要であり、かつ、それ自体が美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えていなければならないと解するのが相当である…」(下線部は引用文で、以下同じ)とし、「ゴナ書体」と「新ゴ書体」は、印刷用書体であり、独創性及び美的特性を備えているということはできず、著作物に当たらない。よって、侵害もないと判決しました。

 この判決で判断されたのは、「印刷用書体」であると書かれています。しかしながら、この判決以降、全てのフォントについて、著作物性を否定されたかのように扱われてきました。果たしてその対応は正しいのでしょうか。

 現在のフォント市場における保護の現状を考え、創作者の立場から、判決を読み直し、まずは、印刷用書体とはどのような書体なのか、そして、著作物の範疇にあるフォントの法的保護について考えてみることにしました。


2、印刷用書体とは、どんな書体なのでしょう

 判決文で、「印刷用書体」の定義に当たる記述は、控訴審※2の、第四 当裁判所の判断 二 にあります。

本件で問題とされるゴナ等のようなタイプフェイス(印刷用書体)は、個々の漢字、仮名、アルファベット等の字体を実際に印刷などに使用できるようにするために、統一的なコンセプトに基づいて制作された文字や記号の一組のデザインであって、大量に印刷、頒布される新聞、雑誌、書籍等の見出し及び本文の印刷に使用される実用的な印刷用書体…

このように、「大量に印刷、頒布される新聞、雑誌、書籍等の見出し及び本文の印刷に使用される実用的な印刷用書体」と記載されているので、この規定に当てはまる書体が「印刷用書体」です。

【大量に印刷、頒布される新聞、雑誌、書籍等の見出し及び本文の印刷に使用する実用的な書体の例】

上記の判決文は、原審(地裁)判決文/理由 第一の2で同様の文が記載されていますが、原審には(印刷用書体)という語の記載がありませんでした。控訴審でタイプフェイスの後ろに(印刷用書体)が加えられています。

 正確に把握するために重要なことは、「タイプフェイス」と「書体」は同義語ですが、「印刷用書体」と「フォント」は、同義語ではないということです。 最高裁は、控訴審に則り「印刷用書体」に範囲を絞り判決を下した訳ですから、市場に流通しているあらゆるフォントの著作物性を否定したものではありませんので、すべてのフォントに著作権が認められていないなどというような拡大解釈や、判例の拘束範囲を越えた引用は、許されるべきではありません。


3、印刷用書体(タイプフェイス)の著作物性を否定したのはなぜ?

 一審判決の、理由 第一 二 2 ※3において、

…本件で問題とされるゴナ等のようなタイプフェイス関する限り…、大量に印刷、頒布される新聞、雑誌、書籍等の見出し及び本文の印刷に使用される実用的な印刷用書体であり、その性質上、万人にとって読解可能で読み易いといった文字が本来有する情報伝達機能が何よりも重視されるものであるから、その形態も、右情報伝達機能を十全に発揮させるために、字体としての制約を受けることはもちろん、従来の規格化された書体の形態に相当部分依拠せざるをえず、その枠内で制作されるものであるということができる。…」と書かれています。

「ゴナ書体」も「新ゴ書体」のどちらも、既存の印刷用書体の形態に相当部分依拠し制作された、類似の印刷用書体であると判断されていることが読み取れます。このことから、裁判において、著作物といえないと判断された「印刷用書体」とは、活字時代から存在する書体の形態に相当部分依拠した書体のことであるといえます。


4、タイプフェイスのカテゴリーとその需要について

 JAGATのアーカイブ※4では、「本文用書体(ボディタイプ)は可読性を重視し、見出し用などのディスプレイタイプはビジュアル性を重視する。これが書体デザインの基本であり、…」と書かれています。タイプフェイスのカテゴリーについては、まず、「本文用書体=ボディタイプ」と「デザイン書体=ディスプレイタイプ」に大別されるというのが、印刷業界及び、デザイナーの共通した見解と言えるでしょう。

 「印刷用書体」とは、大量に印刷、頒布される新聞、雑誌、書籍等の出版物において、文字分量の大半を占める長文を表記するための書体です。書体が自己主張しないよう、読みやすさに重点を置いて開発されていることから、「本文用書体(ボディタイプ)」というカテゴリーが、「印刷用書体」にあたります。

 一方、「デザイン書体(ディスプレイタイプ)とは、その造形によって目立つことや際立つこと(ビジュアル性を重視するということ)を目的に開発されていることから、むしろ、既存の印刷用書体の形態に極力依拠せず制作された書体であるといえます。また、昨今のフォントの市場では、「印刷用書体」や「デザイン書体」といっても、色々なカテゴリーに細分類されています。フォントを販売しているサイトから、いくつかの例をピックアップし、「印刷用書体」と「デザイン書体」に分けてみました。

【「印刷用書体」と「デザイン書体」の造形比較】

「印刷用書体」と「デザイン書体」の違いは、一目瞭然です。日頃私たちは、雑誌や新聞を読むとき、書体の造形を気にすることなく記憶にも残りません。一方、デザイン書体には誘目性があり、造形が記憶に残りやすくなっています。

 また、和文フォントの数について、2000年と2022年を調べ比較してみました※5。

2000年ごろの和文フォント総数は、概数で1100書体余りです。7割が「印刷用書体」で、「デザイン書体」は仮名書体を加えても約3割です。 2022年になると、和文フォントは、9000書体を超えています。その内、「印刷用書体」が約3300書体、「デザイン書体」は約5500書体です。「デザイン書体」は約17倍に増え、割合が「印刷用書体」と逆転し6割に達していることがわかります。

【「印刷用書体」と「デザイン書体」の数比較】

 2000年以前の「デザイン書体」は少数であったため、存在感が薄く裁判ではあまり意識されなかったことは頷けますが、今日、これだけ増加している「デザイン書体」についてまで、「印刷用書体」と見なすには無理があるように思われます。


5、フォントデザインを、法的に守り育てる。

 これまで述べてきた内容から「印刷用書体ではないデザインフォント」についてまで、ゴナ書体事件最高裁判決を適用するべきではないと感じています。「大量に印刷、頒布される新聞、雑誌、書籍等の見出し及び本文の印刷に使用される実用的な印刷用書体」ではなく、また、既存の印刷用書体にも依拠せず制作されている「デザイン書体」にあたるフォントについては、保護されるべきではないでしょうか。

 フォントデザインは、今後もバラエティー豊かに拡大していきます。映像コンテンツ、ゲーム、ロゴタイプ、マンガ、絵本など、フォントの需要は多岐に渡ります。

現在、コンテンツに関連する市場では、スマートフォン/PCなどのプラットフォームサービスの広がりによって、プロのみならず一般人も参加し、巨大なマーケットとなっており、ブログや、SNS投稿、動画配信など、集客が主目的の映像や画像において、より個性的に表現するため、デザイン書体の需要が年々高まっており、この需要に伴い、デザイン書体の数も飛躍的に増加しています。

 以前、ロゴタイプなどは、デザイナーが書き起こしていましたが、デザインフォントが増えたことで、制作する労力や時間の省力化も可能となりました。コンテンツに適応するデザインのフォントを選択し、安価に手に入れることができるようになったのです。

 しかしながら、未だに海賊版や不正複製品を利用する者や、使用許諾契約書の範囲を超える使用への対価を支払わず、権利処理を行わない無断使用者がいることも事実です。

また、和文タイプフェイスのデザインについては、知的財産価値が高く、国外からの需要もあります。収益性が損なわれないようにするために、法律文へはどのように記載すれば良いのかなど、フォントの法的保護が立法府において審議されることを願います。


※1 最高裁判決:最高裁平成10年(受)332(最高裁平成12年9月7日第一小法廷判決)井嶋一友裁判長と4名の裁判官
資料:裁判所のHP裁判例検索_https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/search1より
※2 控訴審判決:大阪高裁平成9年(ネ)1927号平成10年7月 17日判決(棄却)小林茂雄裁判長と2名の裁判官
※3 一審判決:大阪地裁平成5年(ワ)2580号.9208号平成9年 6月24日判決(棄却)水野武裁判長と2名の裁判官
※4 JAGAT_公益社団法人日本印刷技術協会(アーカイブ保存)/和文フォントデザインの基本(1)
フォントデザインの実際(3)澤田善彦 https://www.jagat.or.jp/past_archives/story/1292.html
※5 2000年:日本のタイプフェイス 2000年JTA編・インプレス発行を基軸に、写植表(写研・モリサワ)、及び、フォントスタイルブック2002初回発行版 ワークスコーポレーションDTPWORLD編集の一部などを集計
  2022年:参照HP:イメージナビhttps://fontnavi.jp/index.aspx、フォントガレージ、font1000ほか
  その他及びカテゴリー不明としたものは約500書体(2022年検索)


◇ タイプフェイス=印刷用文字書体=文字書体=書体
タイプフェイス(Typeface)の、Typeは、「活字」、Faceは、「顔」で、鉛の活字、本体(Body)の顔、すなわち「活字の顔」から転じて、文字の書体をいう。この文字書体は、同じ雰囲気、同じ傾向、同じ匂いの「ワンセット、一式」をいう。
フォント(Font):…タイプフェイスのデザインは、抽象的なものであるから、実際に、紙媒体やコンピュータ画面に使われるには、その前段階の「具体的な媒体」が必要である。これを、活字フォント写植フォント、デジタルフォントと呼んでいる。
参照:葛本京子・大家重夫「文字書体の法的保護」青山社、2019年
◇ JTAにおける、タイプフェイスの定義:https://www.typography.or.jp/act/morals/moral5.html
言語表記を主目的に、記録や表示など組み使用を前提として、統一コンセプトに基づいて制作されたひと揃いの文字書体。通常フォント化し使用する。和文の場合、ひらがな、カタカナは、清音字ゑ・ゐ・ヱ・ヰを除いた46字。漢字は教育漢字の1006字をひと揃いの最小文字とする。
また、組み使用に必要とするアルファベット、数字、記号類、シンボルやピクトグラム、オーナメントも必要に応じて、ひと揃いに加える。
◇ 文中のホームページアドレスの記載は、2021〜2022年に筆者が確認したもので、その後、記載内容やアドレスの変更があるかもしれません。


特定非営利活動法人日本タイポグラフィ協会
知的財産権委員会 
葛本 京子 Kyoko Katsumoto

JTA知的財産権委員会の会員です。1988年、葛本茂とともに株式会社視覚デザイン研究所を設立しました。日本の伝統的な書体とは一線を画す、オリジナリティのあるタイプフェイスに挑戦しています。制作したフォントは160書体を超え、https://www.vdl.co.jp/に発表しています。
タイポグラフィ学会、日本工業所有権法学会、JAGDA、AtypI、CRICなどに所属し、創作の傍ら、フォントの法的保護活動を行っています。

投稿者
知的財産権委員会
知的財産権委員会の顔写真
タイポグラフィ協会にある委員会のひとつ。タイプフェイスやマーク・ロゴタイプのほか、タイポグラフィ全般の知的財産権に関する情報収集や意識調査、保護推進活動をおこなっています。