Global Type Relay: Ian Lynam (Tokyo NRT)

typographics t誌内では国際的タイポグラフィデザイナーを新連載として始めて、まずは英語で紹介して、同時にtypographics t オンラインで日本語で紹介します。フィーチャーされるデザイナーにはバトンリレー形式で次の方を紹介してもらいますが、1つだけの条件があります。次回は別の国の方へ。最終的にどこまで行き着くことでしょう。第一回は東京在住のアメリカンタイプデザイナー、イエン・ライナム氏。
[取材:ブラザトン・ダンカン、翻訳:内之倉彰]

Ian Lynam(イエン・ライナム)
Ian Lynam Design (https://ianlynam.com)
Wordshape (https://wordshape.com/)

イエン・ライナムは、ポートランド州立大学でグラフィックデザインの理学士号を、カルアーツで美術学修士号を取得。現在はグラフィックデザイン、デザイン教育、デザイン研究の分野で活動しています。テンプル大学ジャパン、バーモント芸術大学グラフィックデザイン修士課程、ワシントン大学セントルイス校サム・フォックス・スクール・オブ・コミュニケーションの客員教授、カルアーツ(CalArts)の客員批評家であり、東京のデザインスタジオ、イエン・ライナム・デザインを運営し、アイデンティティ、タイポグラフィ、インテリアデザインの分野で活動しています。デザイン誌、Slanted誌(ドイツ)やIDEA誌(日本)に寄稿しているほか、デザインに関する書籍を多数出版しています。

バルブ・ソフトウェアのネットゲームDOTA2のために作った書体&スーパーファミリー「Radiance」。ラテンアルファベット及びギリシャ・キリル文字セットも含む。

Q:デザイン/タイポグラフィを始めたきっかけは何ですか?

私は15歳の時に小さな自費出版のZINEを作り始め、文章や音楽、ビジュアルカルチャーへの興味を探っていました。しかし、マイクロタイポグラフィやタイポグラフィへのより広いアプローチに興味を持ったのは、グラフィックデザインを本格的に学んだ20代後半からです。

Q:日本に来たきっかけは何ですか?そして、差し支えなければ、在住する理由は何ですか?

私は1998年に、ある「バンド」のツアーで初めてこの地を訪れ、東京の真の国際性に惚れ込みました。東京は他の大都市が目指すものを洗練させた都市であり、(少なくとも米国に比べれば)理想的な都会の姿「半ユートピア」を実現していると感じました。大学院卒業後の2005年に、私はいくつかの奇妙な境遇で、ここに移り住むことになりました。
「何故、東京に」と質問をされると、私はたいてい「愛のために来て、食べ物のために残り…そしてまた愛を見つけました」と答えています。
それ以上に、東京、そして日本の一般的な生活水準の高さは、他には類を見ることなく、それも大きな魅力となっています。

イエンが以前経営していた会社「Open Skateboards」のスケートボードのデッキデザイン。「お金を失いたいなら、スケボー会社を立ち上げるといいよ」とイエンは語る。

Q:どのような仕事をしているのですか?またはしてきましたか?

私は、教育・タイポグラフィ・文化研究が交差する分野で活動する学際的なデザインスタジオを運営しています。アイデンティティデザイン、エディトリアル、キュレーション、ライティング、インテリアデザイン、タイプデザイン、UI/UX開発など、多岐に亙る仕事をしています。また、過去にはモーショングラフィックスにも携わってきました。
教育に関しては、さまざまな分野に関わっており、グラフィックデザイン、日本のグラフィックデザイン史、芸術の一般教養、修士論文のアドバイスなどを教えています。また、デザインに関する理論や批評を書くためのワークショップは日本国内だけでなく国際的にも教えています。
私は文章を書くことや出版することがとても好きです。現在、私の関心はそこにあります。1875年から1975年までの日本のグラフィックデザインの歴史についての論文を書いていますが、これにはかなりの時間を費やしています。
また、妻の亀口ゆきと私は、東京の笹塚に新しいセレクトショップをオープンしました。ここでは、アパレル、アクセサリー、草履、雑貨、新刊、古本、アンティークの書籍などを扱っています。

Zimzalaゲーム社のために開発したタイポグラフィゲーム「Konexi」。

Q:これまでに制作されたフォントについて教えてください。

私と私の共同作業者は、Wordshapeを介した小売用ライセンス及び、企業や文化人といった個人的にクライアントが使用するためのカスタムタイプの両方を手掛けており、これまでに何十種類ものタイプファミリーを発表してきました。
しかし、現在では、これまでのように定期的に新しい書体を作ることはありません。依頼を受けたときや、独創的なアイデアを思いついたときに作っていますが、これはまれなことです。
最初に書体デザインを始めたときは、錬金術のようなものだと思っていて、ソフトウェアを習得すれば書体デザイナーになれるのではないかと考えていました。実際には、優れたタイプデザイナーになるためには、常に勉強と絶え間ない反復作業が必要です。その過程で、私の興味は、文字から言葉へ、そして、書体デザインから文章へと移っていきました。

ドイツ出版会社「Slanted」が出した「Corinthians Press 002」(2021)。イエンが編集・デザインを担当。

Q:タイポグラフィへの愛はどこから来ていますか?

“愛”という言葉は難しいですね。この言葉を展開すると、お互いに思いあう関係を意味しますが、正直に言うと、文字はあなたを愛し返すことができません。それは惨めなこと……、もし書体を愛したとしても、それは片思いになってしまう。
私は無償の愛をささげることができる人物ではありません。愛を求めています。タイポグラフィを学ぶことは、私に理解をもたらしただけです。奇妙なことですが、私は今では以前ほどにタイプデザインやタイポグラフィに情熱を持っていないことを嬉しく思っています。辞書での「情熱」の定義は、自分を傷つけるほどに何かを愛することです。

山名文夫の未発表書体「Aya」をデジタル化。テンプル大学ジャパンの学生、ガビン・カールソンがイエンの授業で課題として作製。

Q:日本に住んでいる外国人として、日本のタイポグラフィについてどう思いますか?

日本には高度なタイポグラフィの文化的土壌があります。斎藤佳三、里見宗次、伊藤憲治、堀内誠一など先人が示してきた、タイポグラフィやレタリングはどのように発展してきたのでしょうか。今はただただ尊敬の念しかありません。
羽良多平吉、白井敬尚、秋山伸、松田行正など、日本の多様なデザイン要素を合わせたタイポグラフィを飛躍的に発展させた現代のデザイナーたちの仕事は、とても素晴らしいと思います。
また、実際の現代タイプのデザインと制作に関しては、書体メーカーモリサワで地道な作業をしてくれている数多くの女性たちにも同様に感謝しています。


次回 NRT→ICN: Chris Ro (Seoul)

クリス・ローは韓国系アメリカ人のデザイナー、アーティスト・ライター・教育者で、ソウルを拠点に活動しています。イエンと親交があり、「What if it could love?」(愛することができるとしたら?)という、いかにしてタイポグラフィが実際にあなたを愛してくれるかという可能性を掘り下げた本を書きました。

記事作成者
BrothertonDuncan
BrothertonDuncanの顔写真
オーストラリア出身で、2001年より日本に在住し、GRAPHIC DESIGNER+THINKER+WRITERとして活動しています。デザイン以外にも英訳の仕事を受ける。大阪医科薬科大学と京都芸術大学でデザイン専門英語、奈良芸術短期大学で編集デザインを担当。2011年に入会、現在は西部研究会委員会の担当理事。クラフトビール好き。最近新しいチェーンソー購入。普段、母国語より関西弁しゃべっている。